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本論文は非公式バージョンです。学術論文へ引用される場合には、必ず「人工知能学会誌」2006年7月号掲載の論文をご参照ください。(大向一輝, 武田英明, 松尾豊: リアルワールドとしてのWeb, 人工知能学会誌, Vol.21, No.4, pp.403-409, 2006.)
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リアルワールドとしてのWeb
Web as a Real World
大向一輝(国立情報学研究所 / 総合研究大学院大学)
Ikki Ohmukai, National Institute of Informatics / The Graduate University for Advanced Studies
武田英明(国立情報学研究所 / 東京大学)
Hideaki Takeda, National Institute of Informatics / University of Tokyo
松尾豊(産業技術総合研究所 / スタンフォード大学)
Yutaka Matsuo, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology / Stanford University
Abstract
インターネット接続環境の進歩によるユーザの増加、ならびにブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)といった個人中心型メディアの発達によって、コミュニケーションの場としてのWebは現実世界の人間関係を色濃く反映するものとなった。また、地理情報サービス(GIS)や携帯電話がWebと接続されるなど、日常生活を情報技術によって支援するための基盤が整いつつある。ここでは、現実世界とWebは別個のものではなく、融合し、互いに補完し合う関係が形成されている。本稿では、いくつかの研究を挙げ、このようなWebの現状について報告し、今後進むべき方向性について議論する。
In recent years the Web changes into a projection of "real world" with growing connected people and rapid diffusion of personal media such as Blogs and Social Networking Services. Integration of the Web, cellphones and geographical information systems will be an infrastructure for supporting everyday life. Now the Web and real world are inseparable, and they complement each other. In this paper we describe current situation of the Web as a real world with several researches and discuss our future direction.
1. はじめに
インターネット接続環境の進歩によるユーザの増加、ならびにブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)といった個人中心型メディアの発達によって、コミュニケーションの場としてのWebは現実世界の人間関係を色濃く反映するものとなった。また、地理情報サービス(GIS)や携帯電話がWebと接続されるなど、日常生活を情報技術によって支援するための基盤整備が進んでいる。ここでは、現実世界とWebは別個のものではなく、融合し、互いに補完し合う関係が形成されている。本稿では、いくつかの研究を取り上げ、変化を遂げつつあるWebの現状について報告し、今後進むべき方向性について議論する。
2. サイバースペースとリアルワールド
現在、Webはコミュニケーションのツールとして広く利用されているが、コンピュータネットワークをコミュニケーションの場として明確に位置づけたのはSF小説が最初だと言われている。SF作家William Gibsonは、1984年に刊行された代表作「Neuromancer」において、ネットワーク上に構築された仮想空間をサイバースペースと呼び、サイバースペース上で物理的な制約を超えた情報収集や、他者とのコミュニケーションを行う人々の姿を描いた。
サイバースペースという概念の登場によって、我々は複数の世界で生活しうることが示されるとともに、いまある現実世界はサイバースペースとの対比として「仮想でない世界」すなわち「リアルワールド」として再定義された。
その後数年間、サイバースペースは想像上の産物でしかなかったが、折からのインターネットの普及によって、地縁・血縁ではなく、純粋に興味や関心によって形成されたバーチャルコミュニティが生まれ、サイバースペースの現実性やそれがリアルワールドに与える影響が議論されるようになった[1]。
ただし、この時点での議論では、サイバースペースとリアルワールドはあくまでも別個のものであり、それぞれのコミュニティは別の人間関係によって形成されていることが自明であると考えられていた。
しかしながら、2000年前後を境にインターネットの常時接続環境が整備され、インターネットを利用するユーザが爆発的に増加した結果、リアルワールドにおけるコミュニティーのメンバーがサイバースペースに進出するようになると、サイバースペースはリアルワールドを補完するものとして機能しはじめた。また、サイバースペース上のコミュニティがオフラインミーティングによってリアル化するなど、両者の境界は曖昧になっている。
さらには、2004年前後から急速に普及が進んでいるブログならびにSNSによって、各個人が容易にWebサイトを構築・運営することが可能になった。そして、このWebサイトを一種のエージェントと見なし、非同期的に個人間のコミュニケーションを行うことが常態になりつつある。こういったコミュニケーションは既存の社会関係が反映されたものであると考えられるが、これがサイバースペース上のコミュニティに帰着するのか、リアルワールドに属するものであるのかを区分することは実質的に不可能である。
Webの普及によって膨大な情報空間へのアクセスが可能となった一方で、そのために必要なインターネット接続環境についても飛躍的な進歩が見られる。ハード面においてはPCやデバイスの小型・高速化、ネットワークインフラとしてはPHSやWifi、広域無線通信などの技術開発が進められてきた結果、モバイルPCや携帯電話によるインターネット接続が実現し、情報空間へのアクセスに関して時間的および空間的な制約がなくなりつつある。さらには、接続時における時間情報や、デバイス付属のGPS機能によって取得された空間情報を、情報検索あるいはコミュニケーションに利用するといった新たな技術が生まれている。また、これまでにユビキタスコンピューティングの実現に向けて研究されてきた諸技術が、Webを介することで急速に結びつきを強めている。
このように、Webのリアルワールド化は、大別すると個人を取り巻く社会関係をWebに対応させる取り組みと、その個人が物理的にどのような状態で存在しているかをWebにマッピングする取り組みの2方向で進められている。本稿では、前者に関する研究を「実社会とWeb」、後者を「実世界とWeb」と呼び、この2つの切り口からサイバースペースとリアルワールドの融合事例を紹介する。また、実社会性と実世界性を兼ね備えたWeb研究についても触れ、このような研究を推進するにあたって必要となる技術的要素や、解決すべき課題、今後の展開について議論する。
3. 実社会とWeb
社会学では、個人間の関係をネットワークとして捉え、これを分析して知見を得る社会ネットワーク分析という研究分野が古くから存在する。社会ネットワーク分析を行うためには、分析対象となる人間関係を把握する必要があるが、暗黙的に存在する人間関係を明示化するためにはアンケート調査等を行わねばならず、その規模は比較的小さなものにとどまっていた。
しかしながら、実社会における人々の活動の結果がWebに反映されるようになったことで、Webから大規模な社会ネットワークを抽出することが可能になった。また、SNSのように、明示的に人間関係を扱うサービスが普及し、人々に受け入れられつつある。
近年では、このようにして得られた大規模社会ネットワークに対する分析が進められるとともに、分析結果をもとにした情報推薦や、社会関係の推薦といった応用研究が数多く提案されている。ここでは、社会ネットワークに関連する研究を構築・抽出・分析・応用の4種類に分類し、それぞれについて事例を挙げる。
3.1. ネットワークの構築
ブログ間のリンク・トラックバック関係や、SNSにおける友人関係は、明示的に形成された社会ネットワークとみなすことができる。これらのデータはクローラー等によって容易に取得することができるため、社会ネットワーク分析の基礎データとして多く用いられている。2006年5月に行われるブログ研究のワークショップでは、ブログ検索エンジンBlogPulseより100万サイト・1000万記事からなるデータセットが各研究チームに提供され、これをもとにした研究が発表される予定である※1。
※1 WWW2006 3rd Annual Workshop on the Weblogging Ecosystem: Aggregation, Analysis and Dynamics
また、研究者自らがコミュニティ支援システムを構築し、サービスとして運用している例もある。西村らによる人工知能学会全国大会支援システムでは、論文著者および学会参加者に限定したSNSを提供し、社会ネットワークに関するデータを収集している[2](図1)。
3.2. ネットワークの抽出
ブログ・SNSのデータは有用であるが、これらはWeb上に情報を発信している個人のみが対象となるため、実社会の社会構造を反映しているとはいえない。より詳細な社会ネットワークを得るためには、情報源をWeb全体に拡張し、ここからネットワーク情報を抽出する必要がある。こういった手法としては、Kautzらによる「Refferel Web」[3]が知られているが、その後の研究によって様々な用途への応用が進んでいる。Adamicらは、メーリングリストやWebページのリンク関係から個人間のネットワークを抽出する手法を提案している[4]。Mikaによる「Flink」[5]や松尾らによる「Polyphonet」[6]では、あらかじめ人名のセットを用意し、検索エンジンを用いて任意の2名の人名が共起するWebページの数から関係の強さを判定し、ネットワークを構築する。また、松尾らは、得られたWebページの内容を分析し、関係の種類(共著関係・同じ研究室に所属している関係など)を判別している。
3.3. ネットワークの分析
SNSや前述のネットワーク抽出手法によって得られる大規模社会ネットワークの分析研究は数多い。Adamicらは大学内SNSを対象として、ネットワークおよび参加者の特性を分析している[7]。安田は、人工知能学会関係者のネットワーク分析から、各人のネットワーク指標(中心性など)とパフォーマンスとの相関関係を調査している[8]。
2005年9月には、国内最大規模のSNSであるmixiのデータを利用した分析研究のワークショップが行われ、マルチエージェント研究、社会ネットワーク分析、大規模ネットワーク分析の観点からmixiネットワークの特性が検討された※2。また、2006年3月にはブログによって形成されるネットワークの分析研究を対象としたワークショップが行われた※3。
※2 Webが生み出す関係構造と社会ネットワーク分析ワークショップ
※3 AAAI Spring 2006 Symposia on Computational Approaches to Analysing Weblogs
社会ネットワークにおける個人の振る舞いを分析する研究として、松村らは、電子掲示板上で行われる議論から、参加者の応答関係を抽出・分析することで有力な発言者を特定する手法を提案している[9]。
3.4. ネットワークの応用
工学的見地から、ネットワーク分析の結果を新たな支援に生かす方法論についての事例が増加している。
基本的に、Webはすべてのユーザに対する情報公開を行うための手段であるが、情報の内容によっては特定のユーザにだけ公開するというアクセスコントロールが必要である。アクセスコントロールにはさまざまな手法が考えられるが、社会ネットワークの概念を導入することで、一定の関係性を満たすユーザの間で情報共有を行うゆるやかなモデルが提案されている。
大向らは、システム上のコミュニケーション履歴からコミュニティを推定し、コミュニティ単位での情報のアクセスコントロールを自動的に行う手法を提案している[10]。また、森らはコンテンツ管理システムと社会ネットワーク分析を統合し、コンテンツの書き手が明示的かつ容易に情報公開の範囲を指定するシステム「Roligan」の開発を行っている[11]。土方らは、ネットオークションにおける取引履歴から社会関係を構築し、相互評価のテキスト情報から有益な情報を取り出すSocial Summarization法を提案している[12]。
ブログの社会性を明確に意識し、拡張する研究としては、大向らがブログが生成するRSSメタデータとFOAF(後述)を組み合わせ、個人中心の情報流通基盤の構築を目指すSemblogプロジェクトを行っている[13]。
4. 実世界とWeb
情報技術による実世界の活動支援としては、モバイルコンピューティングやユビキタス・パーベイシブコンピューティング等の研究分野が存在する。これらは、個人が所持するデバイスや環境に設置されたセンサーがネットワークで接続された状況におけるサービス基盤として注目されれている。近年では、これらに加えて、Web上の情報が統合された新たなサービスが登場している。
例えば、地図情報や周辺の店舗情報等の巨大なデータベースが、Webを介して携帯電話等の小型デバイスによって検索可能になっているが、デバイスにGPSや地磁気センサーが実装されている場合には、これらの情報を入力として自動的に検索を行うことができる。この場合、ユーザは検索に際して意識的に操作をする必要がなく、コンテクストに応じた情報が状況に応じて配信されているように見える。
こういった実世界とWebの融合事例は、デバイスやセンサーの機能が進歩するにしたがって増加を続けている。また、高度な支援を実現するために、取得された情報を集約して粒度の大きい情報を抽出する研究が進められている。さらには、先に述べた社会ネットワークに関する情報をも組み合わせることで、実世界におけるコミュニケーション支援が可能になりつつある。
4.1. 位置情報の利用
実世界情報の取得手段として最も普及が進んでいるのは、携帯電話に実装されたGPS機能である。上松らは、GPS機能を持つ携帯電話を利用して、ブログ記事や写真に位置情報を付加することで、地図上にこれらの情報をマッピングする場logを提案した[14]。場logでは、位置情報を通知することで現在の位置に最も近いコンテンツを得るなどの検索手法も提供している。位置情報を利用したブログの集約サービスは、「GeoURL」や「はてなマップ」などで実運用がなされている。
現状では全ての記事に位置情報が付加されていることは期待できないが、間瀬らの研究では、ブログ記事内に複数存在する地名を地図にマッピングし、それらの距離関係から記事が主題としている地域を推定する手法を提案している[15]。
前述の人工知能学会全国大会支援システムでは、赤外線を利用した音声デバイスCoBITや非接触型ICカードFelicaを利用し、各参加者が会場のどの位置に滞在しているかをWeb経由で検索するシステムが提供された。
Webにおける位置情報の利用については、2005年4月に専門の会議が開催されている※4。
4.2. 行動情報の利用
デバイスやセンサーによって得られたコンテクスト情報は、ユーザ単位で時系列に集約することで、より抽象度の高い行動情報として利用することが可能である。
沼らは、前述の場logならびに学会支援システムから各ユーザの行動履歴を取得し、これをもとにブログ記事の下書きを自動生成する「ActionLog」を提案している[16]。
ホンダでは、車載システムによって収集された走行情報および所要時間から道路の渋滞状況を推定する「インターナビ・フローティングカーシステム」が提供されている。このシステムによって得られた交通情報はWebを通じて共有され、位置情報ビューアであるGoogle Earthで閲覧することが可能である(図2)。
位置情報の他にも、個人のスケジュール情報を共有し、複数人での共同作業を支援する「30 Boxes」など、時間管理のためのツールが注目を集めている。また、Webにおける時間情報の利用について、2005年12月にワークショップが開催された※5。
こういった流れをさらに進めて、人間の活動のあらゆる局面を記録し、検索可能にするプロジェクトの代表例として、DARPAによる「LifeLog」やMicrosoftによる「MyLifeBits」がある[17]。
4.3. 社会関係の利用
実世界におけるイベントを取得する際に、その時間および場所に誰がおり、その人物とどのような関係にあるかといった情報は極めて重要である。しかしながら、このような情報をイベントごとにユーザに記述させるコストは非常に大きい。この問題に対し、Davisらは、携帯電話での写真撮影の際に、携帯電話に内蔵されたBluetooth通信を利用して周りの知人の情報を収集、記録することで、画像に対して周囲の人物のリストを自動的にアノテーションすることを可能にした[18]。この情報と、前述の社会ネットワーク情報を組み合わせることによって、画像のコンテクストが明示化される。また、位置情報や時間情報を加えることで、イベントの種類を特定することも可能になる。
5. データ・アプリケーションの統合
これまでに述べてきたように、実社会ないし実世界とWebを接続する試みは緒に就いたばかりである。今後は、個別の研究あるいはサービスを統合し、より高次の活動支援に向けた研究開発が進められることが期待される。ここでは、データレベルおよびアプリケーションレベルの統合に必要な技術を紹介する。
5.1. メタデータとオントロジー
実社会および実世界に渡る多種多様な情報を統一的に扱うためには、何らかの規約が必要となる。Web上でこういった情報統合を目指すにあたっては、セマンティックWebの諸技術が有効であると思われる。セマンティックWebでは、あらゆる情報をRDFで記述することで、コンピュータによる推論を可能にする[19]。また、それぞれの情報の意味を、同じくRDFをベースにして記述された辞書であるオントロジーによって定義することで、複数の情報源間で起こりうる意味の揺れを吸収する。
すでに、ブログ等ではWebコンテンツの構造を定義するメタデータフォーマットRSS[20]を利用した情報配信が一般化しており、数億を超えるRSSコンテンツがRSS専門の検索エンジン等を通じて入手することができる。また、社会ネットワークを記述するためにRDFで定義されたFOAF[21]も、一部のブログサービスにおいてサイト間のリンク関係を示すために利用されている。
近年では、RDF以外にもXHTMLのコンテンツに直接メタデータを埋め込むためのMicroformatsが提案されており、その一環として友人の情報を記述するためのXFNや、カレンダー情報を記述するhCalendarなどが徐々に普及しつつある。
デバイスに依存する部分では、デジタルカメラあるいは携帯電話で撮影した画像ファイルに埋め込むためのメタデータ規格であるEXIFが広く利用されており、位置情報などはこれを用いて記述される。こういった情報を実際に利用する場合には、画像ファイルからEXIFデータを抽出し、適宜RDFやMicroformatsに変換する必要がある。
オントロジーとしては、辞書として利用可能なWordNetや、地理情報を階層構造で定義したTGN、ディレクトリ型検索エンジンの階層構造をオントロジーとして利用可能にしたOpen Directory RDF Dumpなどが入手できる。また、オントロジー検索エンジンSwoogleによって、用途に応じた様々なオントロジーを探すことができる。
5.2. デバイスとWebサービス
実社会・実世界をWebと接続するためには、ユーザの情報を取得するためのデバイスと、Web側で情報を受け取り、処理を行うWebサービスが整備されている必要がある。
デバイスについては、前述のように、携帯電話に実装されたカメラ、GPS、Bluetoothといった諸機能や、RFID、非接触型ICカードなどを利用することが可能である。Webサービスの代表例としては、地図情報に任意のコンテンツを貼りつけるためのGoogle Maps APIや、ブログの記事管理を行うためのAtom Publishing Protocol等がある。
デバイスとWebサービスが緊密に連携を行っている例としては、NokiaならびにYahoo!による写真共有サービスがある。携帯電話によって撮影された画像を、写真共有のためのWebサービスであるFlickrに直接アップロードすることが可能である。ネットワーク接続が可能な状況においては、撮影と共有が同時に行われることで、実世界における写真を通じたコミュニケーションが活性化されることが期待される。
6. リアルワールドとしてのWeb
3章および4章において、現在進行中の研究を紹介してきたが、これらがWebの一般ユーザに受け入れられるようになるためには多くの課題が存在する。本章では、これらの課題について述べたあと、リアルワールドとしてのWebがどのような姿になるかについて議論する。
6.1. 課題
第1の課題は、社会ネットワークを明示的に扱うことによって起こりうる懸念の解消である。社会ネットワーク分析による知見の獲得や利便性の提供と、近年とくに重要視されている個人情報の保護とを両立させることは難しいが、分析対象となるユーザに対して、ある手法を適用することによるメリットとリスクを明確に示し、納得してもらうプロセスが必要不可欠であると思われる。対象問題によっては、匿名ユーザの存在を認めるなどの措置が必要となる場合もある。これによって、得られるデータの精度は低下するが、このようなトレードオフをどの程度許容するかなど、研究開発を行うにあたっては事前の綿密な設計が必要である。
次に、社会ネットワーク上で流通する情報の信頼性評価が未解決の難問として挙げられる。セマンティックWebの分野においても、情報の信頼性を保証することが最上位の問題として提示されている。情報の信頼性には、誤字脱字や文法ミスといった低レベルの問題から、論理矛盾、情報の改竄やなりすまし等に至る高次の問題までが含まれており、それぞれに解決法が異なる。アプリケーションの精緻化や認証システムの導入によって大部分の問題は処理可能であるが、最終的には社会ネットワーク上の他者を信頼するかどうかという、コンピュータでは扱えない問題が残る。ただし、山岸はそのような信頼は定義上投機的なものであると指摘しており[22]、現状ではユーザの意思決定問題として扱う必要があると思われる。
他にも、現実世界に存在する社会ネットワークと、抽出可能な社会ネットワークとの間に存在する質的な差異について詳細な検討が必要であるとの指摘がある。SNSにおいて、友人関係を構築するには1クリックしかかからないのに対して、現実世界ではそのような関係を構築し、維持するために多大なるコストを要するため、経済的合理性を考慮する必要がある。この違いが、構築されるネットワークの特性にどのような影響を与えるかを知るためには、大規模な調査が必要になると思われる。
よりプラクティカルな問題としては、Webから情報を抽出する際に個人名を特定するための名寄せ処理がある。同姓同名の分離や、時系列で所属が変化する場合の対応など、自然言語処理やネットワーク分析の諸手法を組み合わせた問題解決手法が求められている。
実世界情報の扱いについては、デバイスから得られる情報に含まれる誤差やノイズの処理が大きな課題である。これらを解決し、より粒度ならびに抽象度を高めた情報を流通させることで、コンテクストの変化に左右されない他サービスとの円滑な連携が可能になる。
6.2. 展望
リアルワールドとしてのWebにおいて、ページ単位の検索ではなく、知識の主体である個人単位の検索を実現することは目標の1つである。富士通研究所によるKnowWhoシステムでは、グループウェアを拡張し、各人が作成した文書の類似性やスケジュールに登録されたイベントの共通性から社内の人間関係ネットワークを構築し、あるトピックの専門家がどの部署に在籍しているかを検索することが可能である[23]。KnowWhoシステムは組織内の活動支援を目的として構築されたものであるが、これまでに述べてきた研究開発成果を統合することで、同様の機能をWeb上で実現することは可能であると思われる。
しかしながら、サービスを構築することができたとしても、ユーザがこれを積極的に利用するかどうかは別の問題である。一般に、コミュニティを対象とするサービスは多数の利用者が存在してはじめてその機能を発揮するように設計されているが、一定のユーザ数に達するまでのインセンティブが欠如している場合に、その試みは失敗に終わることが多い。そのため、初期ユーザに対するインセンティブと、その後のインセンティブを別個に設計し、段階的に移行させる戦略が必要となる。このようなサービスデザインについては方法論が確立していないため、今後事例を積み重ねて検証を行っていく必要がある。
インセンティブの問題が適切に解決された例として、フォークソノミーを挙げることができる[24]。フォークソノミーは、コミュニティのメンバーが複数人で構築する語彙の体系を意味する。このようなボトムアップ型の手法では、ユーザの絶対数あるいはユーザ間のコミュニケーションの不足によって完成に至らない例が多く見られるが、フォークソノミーでは、個人のブックマーク管理作業と語彙の整備作業を同一化し、その結果を自動的に共有させることで初期段階のデータの不足状態を解消した。その後は、語彙を整備することによって他者から得られるコンテンツの質が高まるというインセンティブプロセスが機能し、さらに多くのユーザを巻き込むことが可能になった。
フォークソノミーによって形成された、コミュニティと語彙体系のネットワークに対して、社会ネットワーク分析と同様の手法を適用し、より精度の高い体系に変換する研究も登場しており[25]、Webから集合知を引き出す手法が注目されている。今後は、3章における分類と同様に、分析による集合知の抽出だけではなく、参加者が意識的に集合知を構築するための手法、得られた知識の再分析や応用に焦点が移るものと思われる。ここでも、参加者のインセンティブを考慮したシステム設計が必要になることは間違いない。
7. まとめ
これまでに見てきたように、サイバースペースとリアルワールドは急速に接近し、融合を始めている。Webを通じた実社会・実世界の情報抽出が可能になり、より高次の知識にまとめられることによって、Web上の人々に対する活動支援は洗練され、その結果として抽出可能な知識も増加する正のフィードバックが形成されつつある。今後はユビキタス技術との統合が進み、Webを取り巻く環境はさらに進歩すると思われる。しかしながら、実社会・実世界から得られる情報の種類が増加するに従って、統一的に処理を行うことが難しくなるため、データ統合ならびにアプリケーション統合の基盤の重要性が高まる。また、日常生活が常時情報技術に晒される状況での情報のコントロールは難しくなる一方である。機械に対する情報のコントロール=セキュリティと、人間に対する情報のコントロール=トラストに関するさらなる研究が必要になると思われる。
これらの課題は、今後のWebの設計においても現実社会のシステム設計においても全く同様である。その意味でも、Webのリアルワールド化は進行しているといえる。
参考文献
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