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本論文は非公式バージョンです。学術論文へ引用される場合には、必ず「情報処理」2006年11月号掲載の論文をご参照ください。(大向一輝: Web2.0と集合知, 情報処理, Vol.47, No.11, pp.1214-1221, 2006.)
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Web2.0と集合知
Collective Intelligence on Web 2.0
大向 一輝
Ikki Ohmukai
国立情報学研究所 / 総合研究大学院大学
National Institute of Informatics / The Graduate University for Advanced Studies
1. はじめに
Web2.0の潮流の中でとくに特徴的なのは、ブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)で見られるような、参加者自身によるコンテンツの作成・公開である。折からのWebユーザの増加に伴い、こういったコンテンツは質、量ともに向上している。最近では、これらを総称してUGC(User Generated Contents)あるいはCGM(Consumer Generated Media)と呼ばれている。Tim O'Reillyは、Web2.0の基本的性質として「参加のアーキテクチャ」を挙げ、その重要性について議論している[1]。
コンテンツに対する参加者の関わり方は多様である。各個人が独立してコンテンツを作成するだけでなく、コミュニケーション、質問、投票、予測など、Web 上では様々な活動が行われており、その結果が新たなコンテンツとして共有される。そして、それらのコンテンツは参加者による評価を受け、有用なものが広められる。また、直接、間接を問わない参加者間の共同作業によって、ボトムアップ型の知識体系の構築が試みられている。
Web2.0が注目されるなか、このようなコンテンツや知識は「集合知(Collective Intelligence)」と呼ばれ、専門家が持つ知識とは異なった価値を持つものであるとの主張がなされている。
本稿では、Webにおける集合知の現状を概説し、その可能性について述べる。
2. 群衆の叡智
集合知に関する入門書「The Wisdom of Crowds(群衆の叡智)」のタイトルは、1841年に出版された「Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds」にちなんでいる[2]。「The Madness of Crowds」では、集団による意思決定は多くの場合において極端に方向に傾くことが指摘されている。この他にも、歴史における「衆愚政治」、社会心理学における「群集心理」、あるいは生物学における「共有地の悲劇」など、集団が引き起こす悪しき問題は各分野で議論されている。
一方で、ハーバート・サイモンが指摘するように、各個人の認識能力が限定的であるために、そこから導かれる意思決定が必ずしも正しいとは言い難い。この問題に対して、複数人の協調によって克服を目指す集合知型のアプローチを取ることは自然である。
「The Wisdom of Crowds」では、集合知が活用されている事例を、「認知」「調整」「協調」の3種類に分類し、紹介している。ここで、「認知」とは所与の問題空間において解候補を列挙し、その中から1つの解を見いだす行為を指す。また、「調整」は、他者が自律的に行動している状況での行動指針の決定問題であり、「協調」とは利害が異なる他者との共同作業によって1つの目的を達成することを意味する。
本書では、集合知が適切に機能している事例に共通する性質として以下の4つを挙げている。
- 多様性
各参加者がそれぞれに独自の視点を持っていれば、総体として多くの候補解を列挙することができる。探索空間が狭い場合には、その探索空間内に適切な解が存在しない可能性がある。
- 独立性
各参加者の持つ意見や提案が他の参加者の影響を受けないよう、各参加者の独立性が確保されている必要がある。とくに小集団で議論を行う場合には、多様性が低いために偏った結論に集約される危険性がある。
- 分散性
問題を抽象化せず、各参加者が直接得られる情報に基づいて判断する必要がある。参加者ごとに得られる情報の種類は異なると予想されるが、多様性を維持するためにも、各参加者に共通する属性のみで判断すべきでない。
- 集約性
上記3点の特性を生かして得られた知識を参加者全体で共有し、比較検討して最終的な結論を導く仕組みが必要である。
このように、集合知の実現には、他の影響を受けない状態でのローカルな知識の生成メカニズムと、それらを集約するメカニズムの両方が必要である。しかしながら、知識を集約するためのコストが非常に大きいため、実際にこれを機能させるためには、組織を設けてその中でルールを定めて活動することになる。その一方で、組織の存在によって参加者の絶対数が制限されるため、そこで得られる集合知のインパクトは小さなものになる可能性がある。
こういった状況に対し、Webではコミュニケーションコストが極めて低いことから、上記の課題を矛盾なく両立させ、多数の参加者を集めるようなシステム設計が可能になる。その結果として、多くの分野でWebを介して集合知を生み出す活動が進められている。
本稿では、Webにおける集合知の利用事例として、Webコンテンツのナビゲーション、協調的な問題解決を取り上げ、考察を行っていく。また、「集合的表現」とも呼ぶべき新たな表現活動の例を紹介する。
3. Webナビゲーションと集合知
現在、Webではユーザによって作成されたコンテンツが急速に増加している。そのきっかけとなったブログは国内で約868万サイト(2006年3月時点、総務省調べ)、海外では数千万サイトが存在し、日々新たなコンテンツが更新されている。また、普及が進んでいるSNSにおいても、国内最大のmixiで 570万ユーザ(2006年9月時点)、海外では1億1000万ユーザを抱えるMySpaceを筆頭に、1000万ユーザ以上のSNSが10程度存在し、その中で膨大な情報が交換されている。
ブログやSNSは、優れたコンテンツマネジメントシステムとしてWebに情報を掲載するためのコストを劇的に低下させたことで、コンピュータの専門家だけでなく他の分野の専門家、そして一般のユーザに対して情報公開の門戸を開いた。その結果、あらゆる種類の情報がWebに掲載されるようになり、それが再びユーザを引きつける要因となっている。
このように情報が増加し続けているWebについて、必要な情報が発見できなくなるのではないかという懸念は常にある。これに対して、さまざまな研究機関や企業がディレクトリサービスや検索エンジンを提供してきた。しかしながら、ディレクトリサービスでは手作業による分類のスピードに限界があり、網羅性が低い。また、検索エンジンではランキング手法の解析によって高評価を受けるように最適化されたページが多数存在し、検索精度が低くなるという問題があった。
その中で、GoogleのPageRankは、集合知を間接的に利用することで上記の問題を解決した[3]。PageRankは、Webページのリンク関係に基づくランキング手法として知られているが、この手法が画期的であったのは、リンクを張る行為をリンク先に対する投票とみなし、投票の結果として形成されるネットワーク構造を分析する点である。ランキングの基準が、Webページ自体の内容から他者による評価に変わったことによって、最適化によるスパム行為を制限することが可能になった。また、Webページが作成された時点ですでに投票を終えていることになるため、全てのWebページを評価対象とすることができる。この2つの利点によって、 Googleは初めて現実的なWebコンテンツのナビゲーションを実現したと言える。
今日、キーワード型の検索エンジンはWebの主役になっているが、その一方で検索エンジンだけでは解決できないような要求が生まれつつある。例えば、ブログにおいては更新直後の情報の発見が重要となるが、新しいものほど被リンクが少ないことや、リンク構造分析の計算コストの問題によって、そういったページの評価が上がりにくい。
また、適切なキーワードが思いつかない場合には検索エンジンはその能力を発揮できない。キーワードの推定や自然文の入力を受けつけるなど、支援技術の研究開発が進められているが、現状ではまだ不十分である。
3.1. 人力検索とソーシャルタギング
前節の要求に対応すべく、集合知を生かしたナビゲーションを実現するシステムが続々と生まれている。これらは、リンク構造分析による評価に見られるようなコンテンツの書き手同士の相互評価だけではなく、読み手による評価を利用するところに特徴がある。
参加者が質問し、別の参加者がそれに答える、いわゆる「人力検索」と呼ばれるサービスはその一例である。質問者は、自然文で知りたい事柄(最近面白かったサイトを教えてほしい、など)提示し、回答者は該当すると思われるサイトのリンクを示しながら回答する。質問者は、それらの回答に対して評価やコメントを与える。これらのやりとりは、すべてサイト上で公開され、後で検索することが可能である。人力検索は、参加者の動向に完全に依存したサービスであるが、質問者と回答者の間で有料のポイントをやりとりさせたり、優れた回答に得点をつけ、総得点のランキングを表示するなど、継続的な利用のためのインセンティブがある。その結果、ブログにおける参加者の増加と同じく、あらゆる分野の質問に答えられるだけの参加者を獲得し、実用的なサービスとして定着しつつある。国内の代表的な人力検索サービスとしては、「OKWave」「人力検索はてな」などがある。
参加に対する敷居の低さから急速にユーザを集めているのがソーシャルブックマークである。ソーシャルブックマークは、Webを通じてブラウザのブックマークを共有することで、他者が興味を持っているトピックや、多くの人が興味を持っているコンテンツの発見を支援するサービスである。ブックマークの共有というアイデア自体は古くから検討されてきたが[4]、実用に足る規模の参加者やコンテンツが集まるようになったのは2004年ごろである。
ソーシャルブックマークのユーザは、ユーザ情報とブックマークすべきURI、コメント等を送信する。多くのサービスでは、ブラウザが表示しているURIを取り出し、サービスに送信するブックマークレットと呼ばれるJavaScriptが用意されている。サービス側では、同一のURIに対するブックマーク数を集計し、ランキング形式で表示している。また、バーストなどの指標を考慮することで、短期的に注目されているコンテンツを表示するサービスもある。ブックマークはユーザごとに一覧することも可能である。これを見ることで、キーワードに頼らない、他人の興味に基づく情報収集が可能になる。
ソーシャルブックマークの派生としては、対象をニュースに限定して内容を評価させるソーシャルニュースや、商品情報に限定したレビューサイトなど、様々な動きが広がりつつある。これまで、ニュースを扱うコミュニティでは、取り上げるべきニュースを編集者が選択し、参加者はそれに対してコメントするものが多かったが、ニュースの選択をも集合知で行うアプローチが成立しているのが興味深い。
集合知を利用したナビゲーションサービスに特有の機能として、ソーシャルタギングと呼ばれる、参加者によるコンテンツの分類がある。参加者は、ブックマークなどに対してタグと呼ばれる任意の文字列を付加し、これを共有する。従来のディレクトリサービスのように、事前に用意されたカテゴリー体系に合わせる必要はない。また、タグは複数個付加することができるようになっている。
コンテンツはタグごとに整理され、閲覧できる。他の参加者が同じタグを使っている場合には、そのコンテンツも一覧に含まれる。タグは、いわばそのコンテンツがどの検索キーワードにヒットするかを自身で決定できるシステムであるとも言える。その特性を利用して、ソーシャルタギングはブックマークだけでなく、画像共有サービスの「Flickr」や映像共有サービス「YouTube」など、キーワード検索の対象になりにくいメディアの検索支援手法として積極的に利用されている。図1は、Flickrでタグ「Rainbow」を指定した際に得られる画像の一覧である。
ソーシャルタギングに対応したシステムにおいて、使用されたタグの一覧を頻度に応じて表示する方法をタグクラウドと呼ぶ。タグクラウドを見ることで、世間でどのようなトピックが興味を持たれているかが直感的に理解できる。代表的なソーシャルブックマークである「del.icio.us」のタグクラウドを図2に示す。
3.2. フォークソノミー
ソーシャルタギングによって得られたタグの集合は、フォークソノミーと呼ばれる。フォークソノミーとは、Folk(人々の,人々による)と Taxsonomy(語彙体系)を組み合わせた造語である。フォークソノミーはボトムアップかつ民主的に作られた語彙であり、その意味で集合知の代表格だと言われている。
その反面、ソーシャルタギングによって作られたフォークソノミーはそれぞれのタグの間に関連性がなく、このままではタクソノミーの代替物として他の目的のために再利用することが極めて難しい。そこで、単語間に関係を導入するために、タギングが行われる際に複数のタグを入力可能であることを利用して、タグの共起関係から統計的に関係を計算する手法が使われる。さらに、タグの分布の包含関係から上位-下位関係を導くなど、より精度の高い体系の自動構築は重要な研究トピックの1つになりつつある。
実際に使われているタグを分析すると、カテゴライズ用途の他に、対象となるテキスト中のキーワードを抜き出したもの、読み手の感想など、その内容は多岐に渡っている。このように、利用目的が異なるものを自動的に分類することは難しい。また、誤字・脱字や表記揺れ、意味的に類似するタグが複数存在することによって、1つのグループにまとめられるべきコンテンツが散逸しやすい。こういった、タグ同士の集約は早急に解決しなければならない問題の1つである。
表記揺れに対する単純な解決策としては、類似した文字列が他の参加者にどのように使われているかを明示化する方法がある。SNSのコミュニティ名はタグと同様に任意の文字列を設定できるため、表記の異なるコミュニティが複数作られる場合がある。表1は、SNS「Gree」において、コミュニティ検索機能を利用して「SFC」を検索した結果と参加人数である。コミュニティの性質上、ラベルは各参加者ともに同じ文字列であることが望ましい。結果として、1つの表記が代表的なものとして多くの参加者を集めている。このような参加者の挙動を利用してフォークソノミーを集約に向かわせる手法は、あらかじめ決められた語彙を使う方法と比較して、参加者自身の意思が反映されるため、納得感が強くなるものと思われる。
タグは文字列であるからこそ参加者にとっての利便性が高く、膨大な量が得られるが、総体としてのフォークソノミーの高度利用については多くの課題がある。しかしながら、多くの参加者が主体的にメタデータを付加するような状況は過去に例を見ない。この状況を活用して、参加者にとってより有用なシステムを構築することが求められる。
慶應義塾大学SFC : 3,209
慶応義塾SFC : 78
慶応義塾大学SFC : 47
慶應大学SFC : 44
慶應義塾大学SFC : 24
慶応義塾大学SFC : 8
慶応大学SFC : 3
4. コミュニティと集合知
一方、参加者間の直接的なやりとりや議論、共同作業によって作り上げる類の集合知も存在する。こういった協調作業を円滑に進めるには、参加者同士の頻繁なコミュニケーションが重要である。コミュニケーションの絶対量はコミュニティの規模に応じて増大するため、コミュニケーションのコストを考慮するとコミュニティの規模には自ずと限界が生じる。集合知を機能させるためにはコミュニティ内に多様性や分散性が必要となるが、これをどのように確保するかが大きな課題になる。また、参加者間に意見の相違や利害関係が発生するために、何らかの意思決定が必要になることもある。多くのコミュニティはボランティアで運営されているため、経済性原理による意思決定は適切でない。本節では、集合知を生み出すにあたって、コミュニティがどのような役割を果たし、またどのように意思決定を行っているかについて議論する。
体系化された知識をWebに集積する試みの中で、最も有名なものが「Wikipedia」である。Wikipediaは、コンテンツの追加と編集が誰でも自由に行うことのできるWikiの特徴を生かし、ボトムアップに百科事典を作ることを目指している。現在は229カ国語のプロジェクトが存在し、最大規模の英語版では約140万語、日本語版では約26万語の見出し語がある(2006年9月現在)。従来の百科事典のように、記事の執筆者が専門家であるとの保証がなされていないため、そのコンテンツの信頼性について疑問視する向きも多い。しかしながら、英国のEncyclopedia Britannicaとの比較研究において、両者の記事の誤り率に有意な差は見いだされず、Wikipediaが専門家によって執筆された事典と同じ役割を果たしうることが示された[5]※。
※記事の信頼性についてはEncyclopedia Britannica側が反論の文書を公開するなど、現在も議論が続いている。
このように、集合知の理想像とも言うべきWikipediaであるが、多数の執筆者が関わることによって起こる問題の解決についても民主的なアプローチが貫かれている。執筆者によって記事の品質にばらつきがある問題については、記事ごとに議論用のページを設け、そこでの結論を踏まえて本文を更新するようなシステムを構築することで、長期的な品質の向上を図っている。また、主張が異なる2名以上の執筆者によって項目の編集とその差し戻しが繰り返される場合には、ガイドラインに沿って当事者同士の直接対話、第3者を交えた議論、投票の順序で民主的な問題解決を目指す。紛争時や一過性の荒らし行為が発生した際に項目の編集機能を一時的に止めるなど、緊急性の高いタスクの処理を担う管理者権限も存在するが、記事の作成に貢献度の高いユーザが立候補し、投票の結果によって権限を与えられる。こういった、コミュニティを支えるための制度は百科事典そのものと同じように日々成長しており、組織論として非常に興味深い※。
※Wikipediaのページでは「Wikipediaは民主主義の実験ではない」と明記されている。
Linuxをはじめとするオープンソースソフトウェア(以下オープンソースと称す)の開発は、インターネット上で最も成功した協調型プロジェクトの1つである[6]。オープンソースのいくつかは、企業で開発されるソフトウェアよりも品質が高く、その開発プロセスにおいても生産性が高いと言われている。その理由は、多くの利用者によって異なる環境での試験がなされ、バグが洗い出されること、また、ソースが公開されていることで多くの修正案が提案されるためである。こういった、問題の発見や解候補の提示は集合知を適用しやすい。
その一方で、実際の開発プロセスでは、ソフトウェア開発という性質上多くのタスクが開発者単位で完結しないため、より密接な共同作業とコミュニケーションが必要になる。また、議論が生じた際には、ソフトウェアのリリースという目的のために必ず意思決定を行わなければならない。そのため、成功しているプロジェクトの多くでは、このような課題をクリアするために、強力な管理機構によってコミュニティのマネジメントを行っている。なお、管理機構の形態はプロジェクトごとに大きく異なっており、Linuxでは初期バージョンの開発者であるLinus Torvaldsが最終的な意思決定権を持つ「やさしい独裁者」モデル、Apacheプロジェクトでは貢献度の高い開発者による委員会方式、Perlコミュニティでは意思決定者が持ち回りで任命されるなど、さまざまな組織形態が存在している。
それでも、プロジェクトのロードマップの策定など、開発者ごとに意見が異なるような議論を収束させることは難しい。そのため、オープンソースは商用ソフトウェアが先行的に存在している分野や、仕様が規格によって定められているようなソフトウェアの開発に向いているとの指摘もある。
4.1. 予測市場
オープンソースとは異なるが、ソフトウェアやサービス開発の方向性について、ユーザの提案を受け入れる動きが広まっている。とくに、コミュニケーションを支援するようなWebサービスでは、ユーザの意見はそのサービスを運営していく上で重要な情報になる。しかしながら、窓口を設けて意見を受け入れるだけでは、有料サービスの無料化など、現実的でない要望が多数を占める恐れがある。そこで、集合知の特性を生かした意見の集約システムが必要となる。
国内最大のSNS「mixi」では、受け付けた要望を会員全体に公開し、個々の要望について会員同士が議論する場を提供している。議論に参加する場合には、良い・悪いのどちらかに投票した上でコメントを投稿する。投票結果は一覧表示されており、有用な提案を発見するための参考情報として利用されている。
ブログやソーシャルブックマークを提供しているはてなでは、予測市場の原理を利用した機能要望システム「はてなアイデア」を運用している。予測市場とは、参加者自身の予測を商品と見立て、この商品の売買を通じて利益の最大化を図る仕組みである。予測市場では、自身の期待や願望だけではなく、他者がどのように振る舞うかを織り込む必要があるため、極端な予測がなされにくいという特徴があり、アメリカ大統領選挙での得票率予測などの問題においてその有効性が検証されている。
はてなアイデアの参加者は、「はてなが次に行う行動は何か」を予測し、これを株式銘柄として登録する。初期段階では、株数が一定数に達するまで定額で販売され、これを超えると市場原理での価格決定に移行する。当該機能が実現された場合にははてなによって市場価格で全株式が買い上げられ、また機能の内容(修正や新機能追加など)によって株数に応じた配当が与えられる。
このシステムでは、実現可能性の低い要望は市場に出回らないため、売却益を得る可能性がない。また、市場で流通したとしても、最終的な買い上げが期待できなければ、株価は低めに抑えられる。最終的に株価が高くなるのは、実現可能性が高いと多くの参加者が予測している提案になる。はてなアイデアのスナップショットを図4に示す。
このモデルでは、株式銘柄が要望の数だけ存在し、参加しているユーザ数(約4,000人)と比較してかなり多い。そのため、個々の銘柄について市場原理が完全に機能しているとは言えず、結果として株価が乱高下する状況も見られる。しかしながら、予測市場の導入によって参加者は運営者や他の参加者の視点を考慮するようになり、運営側としては良質な意見の集約、参加者としてはサービスへの参加感を得るなど、両者にとって良好な関係を築くことができている。
はてなでは、同じシステムを利用して、2005年の総選挙の結果予測を行う実験「総選挙はてな」を実施した。この場合の株式は各政党であり、配当は最終的な獲得議席数に比例するとしている。このような条件の下、約1ヶ月間の取引を行った結果を表2に示す。参加者は約1,000人である。
予測市場による議席数は、おおむね実際の結果と得票率の中間程度である。小選挙区制では得票率と獲得議席数が直接的に比例しないため、直感的な予測をすることが難しい。その意味で、予測市場は集合知の集約機能としてある程度有効であることがわかる。
| 党 | 予測議席数 | 獲得議席数 | 得票率(小選挙区) | 得票率(比例区) |
| 自由民主党 | 244(50.9%) | 296(61.7%) | 47.8% | 38.2% |
| 民主党 | 150(31.3%) | 113(23.5%) | 36.4% | 31.0% |
| 公明党 | 40(8.3%) | 31(6.5%) | 1.4% | 13.2% |
| 日本共産党 | 12(2.5%) | 9(1.9%) | 7.3% | 7.3% |
| 社会民主党 | 6(1.3%) | 7(1.5%) | 1.5% | 5.5% |
| 国民新党 | 4(0.9%) | 4(0.9%) | 0.6% | 1.7% |
| 新党日本 | 6(1.2%) | 1(0.2%) | 0.2% | 2.4% |
| その他・無所属 | 17(3.7%) | 19(4.0%) | 4.8% | 0.6% |
5. 総表現社会と集合知
「ウェブ進化論」では、Webの進歩によって誰もが表現の機会を与えられる「総表現社会」の実現可能性について議論されている[7]。すでに、ブログやSNSを利用した表現活動、コミュニケーション活動は本格的な普及の段階にあり、この傾向は今後も続くものと思われる。表現形式についても多様化が進み、テキストだけではなく、画像、音声、映像を用いた表現を容易に作成、公開することが可能になった。
その中で、個々の表現活動が関連し合い、あたかも集団で大規模な創作活動が行われているように見える現象が生まれている。また、このような現象を明確に意識した集合的表現の活動や、それらを支援するシステムが作られている。
集合的表現が受け入れられている例として、匿名掲示板「2ちゃんねる」におけるアスキーアートが挙げられる。アスキーアートは文字データであることから、特別なツールを必要とせず容易に改変が可能である。これまでに様々なキャラクターが生み出され、そのバリエーションは膨大な数に上る。
安斎らは、「連画」と呼ばれる表現活動を行っている。連画は、複数人の作家がインターネットを通じて交互に絵を加筆させていく過程を見せるものである。現在では、これを発展させ、ワークショップ形式で多人数が連画を行う「カンブリアンゲーム」を開催している。カンブリアンゲームの参加者は、絵や写真の作成時に、どの作品から影響を受けたかを明示する。その結果、図5に示すような作品のネットワークが形成される。
音楽の分野では、Appleの音楽作成ツール「GarageBand」を中心としたコミュニティが立ち上がっている。GarageBandには、フレーズ単位の音声データを組み合わせて音楽を作る機能がある。この機能を利用して、ミュージシャン同士が自身で作成した音声データを公開し、交換しながら楽曲の作成を行っている。プロのミュージシャンが自身の楽曲を同様の形式で配布した例もあり、その楽曲データを利用した編曲コンテストなども開かれている。
こういった集合的表現を念頭に置いて開発されたツールが「NOTA」や「Willustrator」である。NOTAは、ブラウザ上で Webページを簡便に作成できるオーサリングツールである。NOTAでは、ページ上のすべての要素(文字・図・写真など)がオブジェクトとして管理されており、このオブジェクトは他のユーザが自身のページにコピーすることができる。オブジェクトには元の作成者情報が保存されているため、追跡することができる。一方、Willustratorは、同じくWebブラウザ上で利用可能なドローツールである。Willustratorで制作されたデータはすべて Web上で管理され、ユーザは他のユーザが過去に制作した作品を修正し、新たな作品として登録することができる。
両システムともに、制作活動と共有という行為がシームレスにつながっている。成果はすべて共有され、次の制作に利用される。これによって、一から作品を作ることが得意でない人にとっても、既存の作品の改変という形で新たな表現の機会が与えられる。
以上のように、コンテンツを再利用しながら新たな作品を制作するというプロセスが、徐々に受け入れられている。しかしながら、このプロセスが広く機能するためには、引用元のコンテンツの権利処理や、意図しない再利用を抑えるような仕組みが必要である。
Creative Commons(CC)では、法律学の立場からコンテンツの流通を活性化させるためのライセンス策定・普及活動が進められている[8]。CCの特徴は、契約の文面として定義されているだけではなく、デジタル化された文書に付加できるよう、メタデータを定義している点である。実際に、MovableTypeなどのブログツールや、Flickrなどの代表的なコンテンツ共有サービスでは、ユーザがCCを容易に付加できるようなインターフェイスが用意されている。現在、CCが付加されたコンテンツの総数は1億4000万にのぼり、GoogleやYahoo!ではこれらのコンテンツのみを検索できるオプションがある。また、米国の「Jumpcut」では、Web上での映像編集ツールを提供し、CCが付加された映像同士をつなぎ合わせて新たな映像を作ることができるようになっている。
6. 参加のアーキテクチャ
本稿では、Web上に存在する集合知の事例をいくつか取り上げてきた。集合知には自己組織的に生み出されるものもあれば、参加者間の共同作業によって得られるものもあり、一律に定義することはできない。これらに共通するのは「参加のアーキテクチャ」が適切に設計され、多くの参加者を巻き込んだ結果である、という1点である。
参加のアーキテクチャを設計するにあたっては、その目的に応じて、参加者の役割やコミュニケーションの方法を決める必要がある。参加者の独立性をどのように確保するかや、権限管理の有無など、検討すべき項目は多い。最終的には、参加者をどの程度信頼するかという、人間そのものに対する洞察も必要となる。信頼は、その定義上投機的なものであるため、何らかのシステムによって自動的に解決するものではない。性善説にのみ依拠するのではなく、コミュニティに貢献することが最もコストの低い状態になるようにシステムおよび制度の設計を行うことが重要である。
さまざまな課題はあるが、集合知は適材適所で大きな力を発揮する。ごく最近では、集合知を積極的に利用して問題解決を図るという意味の「Crowdsourcing」という言葉も生まれており、今後さまざまな応用が出てくることが期待される。
参考文献
[1] O'Reilly, T.: What Is Web 2.0: Design Patterns and Business Models for the Next Generation of Software, (2005).
[2] Powers, J.: The Wisdom of Crowds: Why the Many Are Smarter Than the Few and How Collective Wisdom Shapes Business,Economies, Societies and Nations, Doubleday (2004).
[3] Page, L., Brin, S., Motwani, R. and Winograd, T.: The PageRank Citation Ranking: Bringing Order to the Web, Technical report, Stanford University (1998).
[4] Keller, R., Wolfe, S., Chen, J., Rabinowitz, J. and Mathe, N.: A Bookmarking Service for Organizing and Sharing URLs, Proceedings of the Sixth International Conference on World Wide Web, pp.1103-1114 (1997).
[5] Giles, J.: Internet encyclopaedias go head to head, Nature, Vol.438, pp.900-901 (2005).
[6] Raymond, E.: The Cathedral & the Bazaar: Musings on Linux and Open Source by an Accidental Revolutionary, O'Reilly & Associates (1999).
[7] 梅田望夫:ウェブ進化論,筑摩書房 (2006).
[8] Lessig, L.: The Future of Ideas: The Fate of the Commons in a Connected World, Random House (2001).
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本論文は非公式バージョンです。学術論文へ引用される場合には、必ず「情報処理」2006年11月号掲載の論文をご参照ください。(大向一輝: Web2.0と集合知, 情報処理, Vol.47, No.11, pp.1214-1221, 2006.)